残りの人生

働きたくないでござる…。

熊本に転勤して東京に戻るまで

ブログ開設と転勤命令

2記事だけ書いて5年も放置するというのは典型的な放置ブログなのだが、元々はあまり儲けにはならないが、アクセス数だけは稼げるブログを作ろうとして開設していたのだ。 しかし、2020年3月になって、人生何度目かの転勤を4月から命じられた。 ポジションは現地事務所の部長ということだったのだが、部下はたくさんいるものの、地方の事務所は現場仕事なので、ほとんど下の人たちがオートモードで仕事をしてくれるため、自分の仕事はあまりなかった。 かといって、2020年春を思い出してもらえばわかると思うが、新型コロナのコロナ禍真っ只中だった。 職場からは、旅行どころか外食も控え、必要な買い物以外の外出は自粛するようにとのお達しが出ていた。

都内での生活から熊本への転勤

都内に在住していた時は、飲み歩いては週末にモデル撮影会で写真を撮り、その写真をブログに掲載していた。 そんな生活から一変し、家に引きこもっているため、することがなく、業務時間が終わるとネットを見ながら、スーパーでストロング系の酒とつまみを買って飲み食いするくらいだった。 1年ほどすると、そのあたりは解除された。 地元の飲み屋には行っておらず知り合いも全くいないため、全然面白くなかったが、赴任したばかりの頃にコンカフェなどを探した。 しかし地元では普通のバーやガールズバー、アニソンバーなどが多く、コンカフェはなく、さらに東京都のような禁煙条例はない。 そのため、飲み屋では普通にタバコが吸えたが、非喫煙者の自分には耐えられそうもなく足が向かなかった。

孤独と飲み歩き、メイドカフェ通い

そんなわけで、移動制限が解除されると、孤独感にずっと耐えていたのと、有給休暇や飲み代に使わずに貯まった資金があったため、東京まで出かけて、いつも飲んでいるように飲み歩いたりしていた。 そこで「熊本はコンカフェ無いんだよねー」と話すと、他の客から「熊本にコンカフェあるじゃん」と言われ、なんで自分より知っているのかと驚いた。 しかし1年前に調べたはずだと思い検索すると、確かに3月にオープンしたばかりのメイドカフェがあった。 そんな経緯で通うことになったのだが、食事はオムライス、唐揚げ丼、カレー、ハンバーグランチのようなもので、毎日食べるには栄養素が揃っていないため、週に数度という感じだった。 酒は基本的に1杯ごとに均一料金だが、オーナーと話し飲み放題にはならないが1杯ずつならいいよという許可が出て、メーカーズマークからワイルドターキー8年と流れて、好きなハイボールを飲めるようになった。

東京遠征と資産運用の始まり

その後、有給休暇が余っているため、毎月3日間有給休暇を取り、4泊5日で都内まで通い、いつも飲んでいる店を巡っては飲んでいた。 都内でなんちゃって管理職をしている時より給料が上がったのに、丸1年間ほとんど外出せず自炊生活を送っていたところ、手持ち資金が増えたという話と、都内の中古マンションの価格が爆上がりしている話を聞き、都内にある買ってから10年ほど住んで、その後賃貸に出していたマンションの残りの住宅ローンを全額繰り上げ返済した。

転勤継続と熊本での生活定着

うちの職場の転勤は概ね2年だが、2年経っても呼ばれなかった。 しかし、こんなところにしかポストがないのだろうから、もう1年くらいは辛抱しようと思った。 毎月の東京遠征生活も有給休暇をかなり削るのでいつまでも続けられないが、やめる気にならず3年目も続けた。 一方、熊本でもメイドカフェの系列店や辞めた子の働いている店、紹介してもらった店などに通い、まあまあ馴染んできたが、やはり東京に戻りたいと思っていた。

マンション売却と税金の実感

都内のマンションは賃貸している間は金利も経費として計上でき、固定資産税など各種経費を差し引くと所得はおおよそ半分ほどになっていたが、住宅ローン完済後は金利がなくなり、確定申告後の納税額が非常に多いことに気付いた。 一方、ニュースでは東京都内の中古マンション価格が高騰しているとの話があり、賃貸を扱って貰っていた不動産屋に相談したところ、居住者が購入してくれることになった。 いろいろやりとりをした結果、不動産譲渡所得税や売買手数料を払っても、新築時より多いくらいの家一軒分丸々の金額が手元に残ることになった。

資産運用と退職への葛藤

手元にそれだけ現金があると、仕事を辞めても資産運用で年金が出るまで繋げば、働かずに生きていけるのではないかと日々考え始めた。

異動の声がかからず直訴へ

熊本に来て丸3年経った異動時期にも異動の声はなかった。 その頃になるとマンション売却資金はほとんど国内の高配当株に変わっていて、当時は株価も上がり好調だった。 少し前から再開したFXもまあ順調で、仕事を辞めたい気持ちが脳裏をぐるぐる回っていた。

東京復帰の直訴

秋になり勤務希望の調書を提出する時期となり、もう埒が明かないので直訴することを決心した。 熊本の事務所のトップである職場の先輩に、東京に戻してくれないなら辞めたい気持ちがあると話すと、「管理職の人事は本社の技術の元締めの部長の担当なので一応言ってみる」と言われた。 また、現地事務所の人事をしている総務部長にも並行してお願いしたが、管理職の人事はその人も担当していないのはわかっているので念のためではある。 その後で、本命の本社の技術の元締めの部長(そのポストには職場の同期の出世頭が就いている)に次のように直訴した。

直訴内容

勤務希望の調書には、知らない土地に独身で4年もいるのはメンタル的にもう耐えられず、退職を考えるようになっていることを記し、このようなわがままは初めてだが、最後の願いとして東京に戻してほしい旨を書いた。 普段は調書を送っても反応はないが、「大変なのはわかったので考える」との返答があった。 さすがに人事の話は調整が多く、約束はできないのであろうことはわかっているので、できることはその位だった。

2024年7月、ようやく東京勤務復帰

そして、ようやく2024年7月に無事に東京勤務に戻ることになったのである。